
生まれ育った実家が無くなるかもしれない。いや、ほぼ無くなるの決定した。
実家は昔おじいちゃんが建てた築50年くらいのビルで、以前は一階が父の経営する電気店、二階は倉庫、三階は私達一家の住まい、四階はいこと家族の住まいとなっていた。今は父は商売をリタイヤし、いとこ家族はおじいちゃんの住んでいた家に引っ越し、このビルには親子3人だけが住んでいる。
古いビルでアスベストを使っている為、色々大変な様で詳しい事情は分からないけれど消防法などの兼ね合いで賃貸にも出せないし、現在の防災の建物の法律によると建て直すか、耐震の大規模な工事をしなければいけない状態らしい。老朽化も進んでいるのと東日本大地震の時のダメージもあり、結構あちこちヒビ割れていたりして要は結構ボロい。エレベーターも無いので今後の両親の老後を考えると何処かに住み替えが必要な状況。
オリンピック効果で今は物件や土地は売り時と言われているので、出来れば今の時期に売ってしまいたいというのが父の意向だった。そんな時代なので企業側もそういうニーズを想定しているようで昨年から色々な提案をもらっていて買主が出てきたら良いなぁという所まで来ていた。
そして、来るべき時は来た。買いたいという方が訪れて昨日見に来た。審査や手続きなどがあるのでどうなるか分からないけれど買主さんは買いたい、と言ってくれているらしい。個人の資産家な様で立て直してマンションにしたいという事だ。オリンピック前にこちらの希望価格で買ってくれる人が現れて良かった。
まだ確定ではないし、実感が無いのでボンヤリしてるけどこれから事が進むごとに色々な感情が出てくるんだろうなぁと思う。生まれ育った家が取り壊されて無くなるというのはどんな感じなんだろう?いつでもここに帰れば居た両親が居ないというのはどんな感情になるのだろう?今まで味わった事のない感情と出会う事になるんだろうな。
既に少しさみしい。生まれてから25年くらいはここに住んでて家を出たくて仕方なくて一人暮らしをした。それから約15年経ち、また縁があり再び実家に住む事になった。最後に住めて良かったのかな。住んでたらなんかちゃんとお別れできそうだし。
限られた時間だけれどこの家に居る間はこの家に感謝を込めて良い時を過ごしたいと思う。のんびりしたり、笑ったり、良く色んな所を観察してみたり。”そこにある”という当たり前に感謝をしよう。